日本の聖地をめぐる 〜諸国開運巡礼記〜

神社仏閣、パワースポット、歴史、文化、旅の回想録などを綴ります。

【神奈川県】大沼神社 ☆「大蛇の沼」に祀られた弁天さま☆

カムヤマト

相模原市南区の東大沼という地域に鎮座する大沼神社を訪問。JR横浜線の古淵駅から徒歩20分、もしくは神奈川中央バスの大沼神社前で下車すると、昭和54年に改築された石造りの鳥居が見えてくる。大沼という地名が示すとおり、昭和30年代までは神社の裏手に水をたたえた沼が存在していたが、今では埋め立てられて住宅地となり、神社の周囲にある堀の部分のみが、かつての沼の名残りとして往時の雰囲気をとどめている。


神社の御由緒によると、建武元年(1334)南朝の忠臣小山田小太郎が「相模國大沼弁財天」を守護神としてケヤキ製の出陣の木馬を作成したことに起源があるといわれている。別の一説によると、龍像寺の開山巨海が夢のお告げにより享保21年(1736)以前に弁財天の祠として祀ったともいわれている。また、渕辺伊賀守義博が退治した大蛇が住んでいたのはこの沼で、風一つない蒸し暑い日に大蛇の渡りがあったという古老の言い伝えが残っていることから、江島神社と同様に「龍神(=大蛇)と弁財天の関連性」が想起される。


歴史的に確かな話としては、大沼神社は、元禄12年(1699)から開発が始められた大沼新田の鎮守として、享保21年(1736)に辯財天と称して創建。その後、文化2年(1805)に再建され、明治4年に大沼神社と改称する。


享保21年の創建時に造られたであろうと思われる石造りの狛犬が参道を見守る。


参道脇の狛犬は合計3対。社殿の周囲は、かつての沼地の面影を残す堀で囲まれている。


堀の手前に安置された秋葉大神の石碑。その昔、大沼地区で大火があり、数多くの家財を消失。そのため、大沼地区で講を作り、代表者が静岡県浜松市にある秋葉神社に毎年参拝している。秋葉神社は火之迦具土大神(ヒノカグツチノオオカミ)を御祭神としており、火伏せの神様として火災防止の御神徳がある。


手水舎。水は出ないので、お気持ちで清めの儀式。


弁財天と同一視される御祭神・市杵島姫命(イチキシマヒメノミコト)を参拝。


社殿の右隣には、素戔嗚命(スサノオノミコト)を御祭神とする八坂神社が鎮座している。

大沼新田に人が移り住むようになった嘉永2年(1849)木曽村(町田)の八坂神社より勧請された。水の精霊である八岐の大蛇を退治したことで、治水の神様として信仰される。


周囲の堀は、かつて「大蛇の棲む沼」と伝えられた「大沼」の名残りを感じさせる。


大沼の伝承が詳しく記されている石碑。たびたび氾濫し、被害をもたらしていたことから、大蛇(八俣の大蛇、龍神の怒り)とそれを鎮める弁天様との関係性が浮かび上がる。


通常、大沼神社の社務所は閉まっており、亀ヶ池八幡宮にて御朱印を拝受できる。


⛩️INFO

大沼神社

神奈川県相模原市南区東大沼2−10−5

電話:042−751−1138


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【神奈川県】極楽寺〜成就院 ☆満開!あじさいの散歩道☆

カムヤマト

鎌倉駅〜藤沢駅間を運行する江ノ島電鉄(通称「江ノ電」)の極楽寺駅から徒歩2分に位置する極楽寺から、由比ヶ浜海岸を眺望する弘法大師ゆかりの成就院までの散歩道を散策。折りしも季節のあじさいが満開で、目と心の保養となる景色を満喫できるひとときであった。


極楽寺は、正式には霊鷲山感応院極楽律寺(りょうじゅせんかんのういんごくらくりつじ)と称する真言律宗の寺院。鎌倉時代の正嘉年間(1257〜59)、ひとりの老僧が阿弥陀如来像を安置する草堂を深沢に建てたのが始まりで、老僧亡きあとの正元元年(1259)、北条義時の三男重時が現在の場所に再建したと伝えられる。その後、弘長2年(1262)に重時の子、長時(6代執権)と業時兄弟が、多宝寺に入山していた忍性菩薩(にんしょうぼさつ)を招き、真言律宗の寺院として開山したという。


忍性菩薩は、ここで施薬院、悲田院、施益院、福田院の四田院を設立。不幸な人を救済するための福祉事業に取り組む。完成当時は、七堂伽藍と四十九の塔頭を持つ大寺院であったが自然災害や火事による焼失のため、現在は本堂といくつかのお堂を残すのみ。御本尊の木造釈迦如来立像(国指定重要文化財)は秘仏として宝物館(転法輪殿)の厨子に安置され、4月7日〜9日の三日間限定で開帳される。


極楽寺の境内に咲く青色のあじさい。自撮り棒や三脚使用は禁止という注意書きがある。


鎌倉観音霊場第33番と書かれたお堂には、如意輪観世音菩薩が安置されている。


古色蒼然とした佇まいを見せる本堂。須弥壇中央に不動明王坐像、右側に薬師如来坐像、左側に文殊菩薩坐像が安置されている。通常は非公開で、4月7〜9日の三日間のみ開帳。


極楽寺の井。山門前を掘り起こした時に発見された井戸で、鎌倉石を八段積み上げた大きなもの。ここで忍性菩薩が村の人々に粥を施したと伝えられる。


極楽寺を出て、江ノ電の踏切りを渡り、極楽寺坂切通を海岸方向に進むと、右側に成就院に上る石段がある。この西結界の門から先が成就院の境内。


石段を上りきった場所に人々が集まる。由比ヶ浜海岸を臨めることで人気の写真スポット。


その右側の階段を上ると成就院の山門がある。正式には普明山法立寺成就院(ふみょうざんほうりゅうじじょうじゅいん)と称する真言宗大覚寺派の寺院。創建は承久元年(1219)、鎌倉幕府三代執権の北条泰時が、弘法大師が修行したこの地に不動明王像を安置し、北条家一族の繁栄を祈ったと伝えられる。その後、新田義貞により鎌倉幕府が滅ぼされた元弘3年(1333)の戦火で寺院は焼け落ちたが、江戸時代に再建。現在に至っている。


あじさいの花で飾られた龍神様の水鉢。


なでると幸せが巡ってくるといわれる「なでがえる」。


東結界の門へ下っていく石段は最高の写真スポット。由比ヶ浜の絶景が見渡せる。


石段沿いのあじさいも満開。


神域の出入り口となる東結界の門。山門にいたる参道の坂道は、人間の煩悩の数になぞらえて108段ある。


釈迦如来」を墨書した極楽寺と「不動明王」を墨書した成就院の御朱印を拝受。


INFO

極楽寺
神奈川県鎌倉市極楽寺3−6−7

電話:0467−22−3402

成就院

神奈川県鎌倉市極楽寺1−1−5

電話:0467−22−3401


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【神奈川県】福源山明月院 ☆明月院ブルーに染まる花の寺☆

カムヤマト

神奈川県鎌倉市、JR北鎌倉駅東口から徒歩10分、毎年6月になると「明月院ブルー」と呼ばれる青色のあじさいが満開となる臨済宗建長寺派の寺院、福源山明月院を訪問。週末は入場前に行列ができるほどの人気なので、平日のお昼すぎを狙ったが、それでも参拝者の列が絶えることがなかった。明月院のあじさいは、95%が日本古来の姫あじさいであり、淡い青から日を追うごとに青さを増し、最後は空の青さと母なる海の青さに染まりながら大地に還っていく。そのような自然の摂理を映し出すところが万人を感動させるのであろう。


寺院の歴史は、平安時代の永暦元年(1160)、この地の武将で平治の乱で戦死した山内首藤俊通の菩提供養のため、俊通の子、山内首藤経俊(つねとし)によって創建されたのが始まり。その後、康元元年(1256)、鎌倉幕府第五代執権・北条時頼公によって同地に最明寺が建立され、その子・北条時宗により福源山禅興仰聖禅寺として再興される。足利氏が君臨する室町時代には、さらに寺域が拡大し、関東十刹の一位とされるほどであったが、明治初年に禅興寺は廃寺。「明月院」のみを残し、今日に至っている。


明月院の正面入口。平日のお昼すぎで長い行列もなく、比較的すいているように見えた。この先の総門拝観口で500円を納めて入場。境内全域が国指定史跡となっている。


境内を流れる河にかけられた桂橋を渡る。河畔のあじさいも満開。


北条時頼公墓所近くのお堂を参拝。出家時の法名は覚了房道崇(かくりょうぼうどうす)。


北条時頼公墓所。宝篋印塔、五輪塔などの部材を組み合わせた石塔が安置されている。


マヨルカ島の祈り」「旅の守り神」と書かれた祠。マヨルカ島は「ピアノの詩人」ショパンが「雨だれ」を作曲した場所で、祠の中にはマリア像が祀られているという。


光の小径」をさらに奥へと進んでいく。


開山堂。かつて同地に禅興寺が興隆していた時代(1380年頃)、明月院境内に建立されていた宗猷堂(そうゆうどう)をのちに開山堂とする。堂内の中央には中興開山密室守護禅師の木像、向かって左側に最明寺、禅興寺、明月院の歴代住持の位牌が安置されている。


明月院やぐら。「やぐら」は鎌倉時代特有の洞窟墳墓。このやぐらは間口7メートル、奥行6メートル、高さ3メートルあり、鎌倉市内に現存するものの中では最大級。中央に釈迦如来、多宝如来の二仏、左右両面には十六羅漢が浮き彫りにされている。


瓶の井つるべの井)。水質の良くなかった鎌倉の地において、特に良質の水が湧いたと伝えられる鎌倉十井のひとつ。岩盤を垂直に掘り抜いて造ったと見られ、内部に水瓶のようなふくらみがあることから「瓶の井」と呼ばれる。現在も使用されている貴重な井戸。


花想い地蔵。「人は誰しも、はかない花の想い出の中で生きている」という現実を表現。


青い前掛けに彩られたお地蔵様と親子地蔵。


方丈」と称される本堂。長い行列ができているのは、写真スポットの丸窓があるため。


本堂奥の座敷に作られた「名月をイメージした丸窓」。その向こうに新緑の庭園が見える。


本堂左側の窓口にて、御本尊の「聖観世音菩薩」の文字が墨書された御朱印を拝受。


今年も、明月院ブルーを満喫したひとときであった。


INFO

福源山明月院

神奈川県鎌倉市山ノ内189

電話:0467−24−3437


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